明治神宮 2026 ─ 午年の鎮守の杜、GW参拝と100年の人工林が育てる祈りの森

参道に踏み入った途端、空気が変わる。原宿駅の喧騒から鳥居をくぐって数十歩、足元の砂利が音を吸い、頭上の常緑樹が陽光を漉す。ここが東京のど真ん中、表参道の交差点から徒歩七分の場所だとは、にわかに信じがたい。
東京都渋谷区代々木の明治神宮は、2026年で鎮座106年を迎える。御祭神は第122代明治天皇と昭憲皇太后。境内の総面積は約70万平方メートル、東京ドーム15個分の広さに約10万本の樹木が茂る。そしてこの杜は、すべて人の手で植えられた人工林である。
午年の今年、明治神宮を訪ねる意味はどこにあるのか。GW2026の参拝に最適な日はいつか。福カレンダー編集部が暦と歴史の両面から読み解く。
御祭神と創建の暦 ─ 1920年11月1日、代々木の杜が生まれた日
明治神宮の創建は大正9年(1920年)11月1日。鎮座祭が執り行われ、正午から一般参拝が許可されたこの日、総数50万人以上が代々木の地に詰めかけた。
御祭神となった明治天皇は明治45年(1912年)7月30日に崩御。昭憲皇太后はその二年後、大正3年(1914年)4月11日に崩御された。明治天皇は近代日本の礎を築いた帝として、また昭憲皇太后は教育・福祉・赤十字活動への深い理解で知られた。「御祭神とゆかりの深い代々木の地に永くお祀りしたい」という国民の願いが沸き上がり、神社創建が決まった。
代々木の地が選ばれたのは、明治天皇が昭憲皇太后とともにたびたび行幸啓された御料地であり、皇太后がお手植えされたお花の咲く土地だったからだ。広さ約70万平方メートルの土地に、神社と人工の森を一から造ろうという、前代未聞の国家事業が始まった。
11月3日は明治天皇の生誕日にあたり、戦前は「明治節」として祝日に定められていた(昭和2年/1927年制定)。戦後、同日が「文化の日」に切り替わった経緯はあるものの、明治神宮では今も11月3日を秋の大祭の中心日として、流鏑馬奉納神事を執り行う。
そして4月29日──昭和の日。この日は昭和天皇の誕生日であり、明治天皇の孫にあたる。福カレンダーの2026年GW最強吉日カレンダーでも触れているが、GWの祝日連休は近代日本の天皇家の暦と深く結びついている。明治神宮を訪ねるなら、この縁にも一度思いを馳せたい。
100年の鎮守の杜 ─ 全国から献木10万本、極相林を目指した壮大な計画
明治神宮の杜は、ただの公園ではない。1915年(大正4年)、林学博士・本多静六、本郷高徳、上原敬二の三人が中心となって設計した、100年後・150年後の天然林を見据えた人工林である。
当時の代々木周辺は、すでに工場が建ち並び始めていた。煤煙と乾燥に弱いスギ・ヒノキ・マツなどの針葉樹は「永遠安全に維持することは困難」と本多らは判断し、主木をシイ・カシ・クスといった常緑広葉樹に定めた。これは日本の伝統的な「鎮守の森」が抱える典型的な構成、いわゆる照葉樹林の理想像でもある。
植栽された樹木の数、約10万本。その大半は全国からの献木だった。北海道から朝鮮半島、台湾まで、当時の日本の版図全体から約350種・約10万本の樹木が代々木に集められた。さらに、植林作業に汗を流した青少年ボランティアは延べ11万人にのぼる。
本多らが描いたのは、人の手を介さずに、樹々自らが世代交代を繰り返す「永遠の杜」だった。針葉樹で陽を遮りながら下層に常緑広葉樹を育て、やがて広葉樹が森の主役に交代していく──そのシナリオはほぼ計画通りに進み、2013年に明治神宮社務所が刊行した「第二次明治神宮境内総合調査報告書」では、約2,840種もの動植物が境内で確認されたと報じられた。SDGsという言葉が生まれる100年前に、サステナブルな森づくりが代々木で完成していた事実は、現代にこそ示唆深い。
杜を歩くと、足元の苔、頭上のシイの巨木、参道を横切るカラスやリスの気配、湿度の高い澄んだ空気──そのすべてが、100年前に誰かが構想したシナリオの中にあることに気づかされる。これは観光地ではなく、まだ続いている長い物語の現場だ。
午年と明治神宮 ─ 御料馬「金華山」と近代日本の馬文化
2026年は丙午(ひのえうま)、午年。福カレンダーの午年に訪ねたい馬ゆかりのパワースポットでも明治神宮を取り上げているが、なぜ近代に創建されたこの神社が「馬の神社」と並んで語られるのか。理由は、御祭神・明治天皇と馬との深い関わりにある。
明治天皇は在世中に多数の御料馬(天皇のご愛馬)に乗られた。「金華山(きんかざん)」「友鶴(ともづる)」「初来(はつらい)」などの名馬が記録に残っている。なかでも金華山は、明治2年4月に宮城県玉造郡鬼首村で生まれ、明治9年の東北巡幸の折に天皇の目に留まり、宮中御料馬となった。
「癖のない馬」として天皇にこよなく愛された金華山は、明治13年から26年まで御料馬を務め、明治28年6月に老衰のため27歳で生涯を閉じた。現在、その剥製は明治神宮外苑の聖徳記念絵画館に保存・展示されている。本殿に詣でた後、外苑へ足を伸ばし、明治天皇の隣で時代を駆けた一頭の馬と対面する──午年の年に成し遂げたい、特別な参拝のかたちだ。

旅河 楓旅と祈りの編集者
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全国の神社仏閣・パワースポットを自分の足で歩き、土地の歴史と信仰を紐解く旅する編集者。地元の方への取材を大切にし、ガイドブックには載らない「祈りの風景」を伝える記事が読者に支持されている。
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