犬山成田山 2026 ─ ハート絵馬の聖地、丙午午年GWに犬山城を望む高台で「絵馬」の千年を辿る

名古屋から名鉄犬山線の特急に乗ると、約30分で見覚えのない景色が車窓を流れる。木曽川の蛇行と、対岸に立つ国宝・犬山城の白壁が現れたところで終点だ。駅から城下町を抜け、坂道を登った先に、朱色の堂塔がにわかに姿を現す。犬山成田山――正式には「大本山成田山名古屋別院大聖寺」。千葉県成田市にある成田山新勝寺の名古屋別院として、1953年(昭和28年)に開山した、中部地方を代表する不動霊場である。
近年、この高台の寺が**「ハート型絵馬の聖地」**としてSNSで広く拡散している。授与所には小ぶりなハート形の絵馬がずらりと並び、若いカップルや女性の参拝者が縁結び・恋愛成就を願って吊るしていく。日本全国で「絵馬」を奉納する風習は古いが、ハートの形を採り入れた絵馬は比較的新しい現代的な意匠で、写真映えする境内の風景は犬山観光の新しい目印となった。
ところで、2026年は丙午(ひのえうま)――60年に一度巡る「馬」の年である。福カレンダーでは 京都「馬ゆかり」3社めぐり2026 や 上賀茂神社の賀茂競馬 で全国の馬ゆかり神社を訪ねてきたが、犬山成田山もまた、絵馬という「馬を文字通りに祀る」風習の延長線上にある寺として、午年に立ち寄る価値がある。福カレンダー編集部の旅と祈りの編集者・旅河 楓が、犬山城観光と組み合わせて歩くGW参拝コースを、暦の重なりから案内する。
木曽川を望む不動霊場 ─ 千葉成田山の中部の拠点
千葉県成田市の成田山新勝寺は940年(天慶3年)平将門の乱平定祈願として開かれた古刹で、本尊・不動明王は弘法大師空海の作と伝わる像である。明治以降は東京・大阪・福岡などに別院を構え、信徒の参拝の輪が広がっていった(出典:成田山新勝寺公式)。
その流れの中で、1953年(昭和28年)に開山したのが大本山成田山名古屋別院大聖寺、すなわち犬山成田山だ。場所は愛知県犬山市犬山北白山平5番地。木曽川の右岸、犬山城のすぐ南にあたる白山の高台に位置し、境内からは犬山城の天守、伊吹山地の稜線、岐阜の山並みまでを一望できる。
ご本尊は親寺と同じく不動明王。真言宗智山派に属し、毎月28日の「お不動さまの縁日」を中心に、節分の豆まき、星祭り(節分前後の星供)、夏の万灯まつり、年末の納め不動など、年中行事が地元の人々の暮らしに溶け込んでいる。
境内に立つと、まず目に入るのは朱塗りの大本堂と多宝塔の威容、そして崖下を悠然と流れる木曽川。「天望の不動」と称される所以である。
「絵馬」と「ハート絵馬」── 千年の祈りの作法と現代の再解釈
寺社で願いを書いて奉納する木の板を、私たちは何気なく「絵馬」と呼ぶ。だがその語源を辿ると、「絵に描いた馬」――文字通りの意味に行き着く。
古代日本では、神に願いをかける際、生きた馬を奉納するのが最高の作法だった。雨乞いには黒馬、晴れ乞いには白馬を、神社に納めたとされる。けれども馬は一頭で家屋一棟に匹敵するほど高価で、しかも社には維持の負担がかかる。そこで時代が下るにつれ、本物の馬の代わりに木彫りの馬、さらに馬の絵を描いた板が用いられるようになった。
平安時代の賀茂競馬や流鏑馬神事が今日まで続く一方で、奉納の主役は徐々に「板絵」へとシフトしていく。鎌倉以降は馬以外の図柄も描かれるようになり、江戸期には合格祈願の天神絵馬、安産祈願の犬絵馬など、目的に応じた多彩な絵柄が定着した。
そしてこの千年の系譜の最先端に、ハート形の絵馬がある。形そのものは恋愛・結婚を願う近代的な意匠だが、「板に願いを書いて社寺に奉納する」という構造は、馬を奉納していた古代の作法とまったく同じだ。犬山成田山のハート絵馬は、「絵馬」の語源と現代の願いを一筋につなぐ役割を、結果として担っている。
書き方の作法は絵馬の正しい書き方暦を参照すると、より丁寧に祈願ができる。
丙午午年GWに詣でる ── 2026年5月4日(月祝)の暦の重なり
2026年は丙午の年。十干で「火の兄」の丙、十二支で「火」の午が重なる、エネルギーの循環が極めて強い年である。明治・大正以降、特に女性の生まれ年として注目されてきたが、神事・祭事の文脈では「馬と祓い清めの神威が高まる年」として位置づけられてきた。

旅河 楓旅と祈りの編集者
- パワースポット
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全国の神社仏閣・パワースポットを自分の足で歩き、土地の歴史と信仰を紐解く旅する編集者。地元の方への取材を大切にし、ガイドブックには載らない「祈りの風景」を伝える記事が読者に支持されている。
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