多度大社(三重・桑名)2026 ─ 1500年の白馬伝説と上げ馬神事、午年丙午の中部参拝完全ガイド

目次
桑名の街中から養老山地の裾野へ車を走らせると、田の緑が深くなったあたりで、ふいに山影が立ちあがる。多度山。標高はわずか403メートル、けれど麓に立てば、頂が雲のすぐ手前まで届いているような錯覚に襲われる。その山の懐に、約1500年前から白馬が棲むとされる社がある。多度大社。地元の人が「お多度さん」と呼び、伊勢神宮の参拝者が「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り」と唄った、北伊勢の総氏神である。
2026年は丙午(ひのえうま)。十二支では午年、すなわち60年に一度巡ってくる「馬」の年にあたる。馬を神の使いと崇めてきた古社を、この年に訪ねる意味は、歴史の層にも、暦の符合にも、はっきりと刻まれている。
福カレンダー編集部の旅と祈りの編集者・旅河 楓が、中部地方を代表する馬ゆかり神社の系譜を辿りながら、2026年に多度大社を訪れるための最上参拝日と現地の風景をひとつにまとめた。
北伊勢大神宮 ─ 1500年の白馬伝説と「神は馬に乗って降臨する」信仰
多度大社の創建は、社伝では**雄略天皇の御代(5世紀後半)**に遡る。第21代の天皇とされる雄略天皇の治世は、考古学的には倭の五王の一人「武」と同定される時期にあたり、日本国家の輪郭がようやく形を持ちはじめた時代である。多度山には、それ以前から無数の磐座(いわくら)と神籬(ひもろぎ)があり、社殿が建つ前から「神在す山」として崇められてきた。
当社の本宮に祀られるのは、天津彦根命(あまつひこねのみこと)。伊勢神宮内宮の天照大御神の御子神にあたる神格で、兄弟神として尾張・三河・淡海・美濃などに広く分祀されている。伊勢神宮の北方に鎮座することから「北伊勢大神宮」「北伊勢大社」の通称を得て、伊勢神宮の参拝とセットで詣でる「両参り」の文化が江戸期までに広く根づいた。
そして多度大社を語るうえで欠かせないのが、白馬伝説である。公式の由緒には次のように記される。
古来「神は馬に乗って降臨する」と信じられ、白馬は神の使者として人々の願いを神に届ける役割を担ってきた。多度山の丘の上に佇む白馬の姿は、人の喜びと悲しみを静かに見守り、やがて翼を得たかのように神の懐へと駆け去り、再び幸せと出会いを乗せてこの地へ舞い降りる──。
白馬は単なる装飾ではない。境内の神馬舎には、現在も実際の神馬が飼われており、参拝者は願いを白馬に託すことができる。2024年に新しい神馬「錦山号(きんざんごう)」を迎えたばかりの神馬舎は、午年の今、これまで以上に多くの参拝者で賑わうことになる(出典:観光三重・JAL OnTrip ほか午年特集)。
多度山に祀られた神に、白馬を介して祈りを届ける──この一筋の動線が、1500年のあいだ途切れずに続いてきたことが、何より雄弁にこの社の特質を伝えている。
本宮・天津彦根命と別宮・一目連神社 ─ 二柱で天地を司る二重構造
多度大社の境内を歩くと、本宮の隣にもう一つ大きな社殿があることに気づく。別宮 一目連神社(いちもくれんじんじゃ)。御祭神は**天目一箇命(あめのまひとつのみこと)**で、本宮の天津彦根命の御子神にあたる。
「目一箇」とは「一つ目」、すなわち片目の神を意味する。鍛冶師が鉄の温度を見極めるために片目を細めたことに由来するとも、鍛冶の職業病であった片目失明にちなむともいわれ、鍛冶・金属加工の祖神として全国の刀鍛冶・金物職人から信仰を集めてきた。
しかしこの神の真の顔は、もうひとつ別のところにある。古い祭祀の文脈では、天目一箇命は雨と風を司る神、すなわち気象の神として畏敬されてきた。多度大社の公式由緒は「本来は片目の竜であり、天候、特に雨と風を司る神」と明記しており、近世まで多度山一帯では旱魃のたびに雨乞祈祷が行われ、伊勢湾の海難防止にも祈願が捧げられた(出典:多度大社公式・玄武)。
そして特筆すべきは、一目連神社の社殿には扉が設けられていないこと。これは「天目一箇命が自由に出入りし、御神威を発揮できるように」との祈りを込めての構造であると伝わる。扉のない社という珍しい姿は、桑名平野の田畑を潤す雨と風を、いつでも招き入れたいという農の祈りの形そのものなのだ。
上げ馬神事の継承 ─ 2024年改革と「馬と人の祈り」
毎年5月4日と5日に斎行される多度祭・上げ馬神事は、南北朝期から650年以上の歴史を持つ、当社最大の祭礼である。麓から続く参道の最奥、約2メートルの段差を、若武者姿の騎手が乗る馬が一気に駆け上がる──その馬が壁を越えた数で、その年の豊凶を占うという神事だ。三重県の無形民俗文化財に指定されている。
ただし、この神事は近年大きな転換点を迎えた。2023年5月、神事中に1頭の馬が前肢を骨折し、安楽死の判断がくだされた。動物愛護の観点からの批判が全国に広がり、神社・地元・行政・有識者による検証委員会が3度にわたって開催された。外部委員からは全員一致で「坂の勾配を緩やかにし、土壁を撤去する」勧告がまとめられ、宮司もこれを受け入れた(出典:日本経済新聞 2024年2月23日/東海テレビNEWS)。
そして2024年から、坂の上にあった2メートルの土壁は完全に撤去され、勾配も緩和された。馬への鞭は合図のみに用いることとし、騎手と馬の事前訓練も体系化された。2025年の神事はこの改革後の形で無事に斎行され、見物の人々の関心も「壁を越える数」から「人と馬がともに山を駆けあがる祈りの所作」へと、少しずつ重心を移しつつある。
ここが発見:上げ馬神事の主役は「壁」ではなく「馬」だった。1500年の白馬伝説と上げ馬神事は、源流を辿ればどちらも「神と馬と人をひとつに結ぶ」祈りに行きつく。改革後の神事は、その源流に最も近い姿に戻りつつあるとも捉えられる。
2026年の多度祭・上げ馬神事は、例年通り**5月4日(月・みどりの日)と5月5日(火・こどもの日)**の二日間で斎行される予定(公式の正式発表は3月以降)。土壁が消えた静かな参道で、若武者と神馬が並んで山頂を目指す姿は、午年の春に訪れる旅人にとって生涯記憶に残る情景になるに違いない。
2026年丙午の参拝カレンダー ─ 5月20日(甲午×天赦日)を最上に
福カレンダーの暦データで2026年5月の多度大社参拝候補日を抽出すると、3つの圧倒的な吉日が浮かびあがる。これは午年丙午の今年でなければ味わえない、暦の僥倖である。
| 日付 | 曜日 | 六曜 | 吉日 | 日干支 | 多度大社との縁 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2026年5月4日 | 月(みどりの日) | 友引 | 天赦日・寅の日・大明日 | 戊寅 | 上げ馬神事1日目。年6回の天赦日が祭礼当日に重なる希少符合 |
| 2026年5月5日 | 火(こどもの日) | 先負 | 一粒万倍日 |
2026年の暦カレンダー

旅河 楓旅と祈りの編集者
全国の神社仏閣・パワースポットを自分の足で歩き、土地の歴史と信仰を紐解く旅する編集者。地元の方への取材を大切にし、ガイドブックには載らない「祈りの風景」を伝える記事が読者に支持されている。
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本記事は一般的な暦の知識や伝統的な解釈に基づいています。 占いの結果を保証するものではありません。最終的な判断はご自身でお願いします。
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