相馬野馬追2026 ─ 5月23〜25日、午年に蘇る千年の武者行列と神旗争奪戦

目次
相馬野馬追とは ─ 平将門公の野馬奉納に始まる一千年の神事
福島県浜通り北部の五月は、潮風と新緑のあいだに、もう一つ、かすかな蹄音が混じり始める。雲雀ヶ原(ひばりがはら)の祭場地に向かう道々で、騎馬武者が砂を蹴る音、旗指物が風を裂く音、そして法螺貝の遠音。相馬野馬追は、その音の重なりとともに、毎年五月最終週に幕を開ける。
祭の起源は、平安時代中期にさかのぼる。下総国葛飾郡小金ヶ原(現在の千葉県松戸・流山付近)で野馬を放ち、軍事訓練のために追い立てた平将門公が、捕らえた野馬を御神馬として神前に奉納した儀礼が、相馬野馬追の原型と伝えられている。将門公の子孫を称する相馬師常(もろつね)公がこの祭事を継承し、鎌倉時代の元亨三年(1323年)、第六代当主・相馬重胤(しげたね)公が一族を率いて陸奥国行方郡(現・南相馬市原町区)へ下向したことで、奥州の地に根を下ろした。江戸時代には相馬中村藩の年中行事として整備され、明治の廃藩置県を経た後は 相馬氏の氏神「妙見」を祀る三社 ── 相馬中村神社・相馬太田神社・相馬小高神社の祭礼 として、現在まで連綿と引き継がれている。
千年という時間の重みは、紙の上では実感しづらい。しかし五月の浜通りに立ち、騎馬武者の列が駆け抜けていくのを見送ると、その時間が一気に身体感覚に降りてくる。1952年に国の重要無形民俗文化財に指定された相馬野馬追は、博物館の展示ではない。今もなお氏子と神職、そして馬たちによって、毎年「上演」されている生きた中世絵巻 である。
2026年の三日間 ─ 5月23日(土)・24日(日)・25日(月)
令和八年(2026年)の相馬野馬追は、5月23日(土)・24日(日)・25日(月) の三日間にわたって斎行される。会場は相馬市・南相馬市(小高区・鹿島区・原町区)・浪江町に広がる相馬地方の五市町村。
主要行事を表にすると以下のとおり。
| 日付 | 曜日 | 六曜 | 主な行事 |
|---|---|---|---|
| 5月23日 | 土 | 仏滅(大明日) | お繰り出し・各神社御発輦・宵乗り競馬(14:00〜) |
| 5月24日 | 日 | 大安 | お行列(9:30〜)、甲冑競馬(12:00〜)、神旗争奪戦(13:00〜)、火の祭(19:30〜) |
| 5月25日 | 月 | 赤口(三隣亡) | 野馬懸(9:00〜11:30、追い込み10:20頃/相馬小高神社) |
初日のキーワードは 「お繰り出し」。標葉郷(しねはごう)の浪江町を皮切りに、相馬中村神社(相馬市)、相馬小高神社(南相馬市小高区)、相馬太田神社(南相馬市原町区)から、御神輿と神旗を奉じた騎馬武者の隊列が次々と出陣する。それぞれの郷から雲雀ヶ原祭場地(南相馬市原町区)へ向かう道のりは、町並みそのものが祭の動線になる。沿道の民家は軒先に旗指物を掲げ、土地の人々は法被姿で隊列を見送る。
二日目が祭のハイライトである。雲雀ヶ原に整列した数百騎の武者が、午前の 「お行列」 で会場へ入場し、続く 「甲冑競馬」 で全速力の競走を披露する。当日のクライマックスとして、午後一時から 「神旗争奪戦」 が始まる。打ち上げられた花火から舞い落ちる御神旗を、騎馬武者たちが奪い合う ── 火薬の音と蹄の轟きが入り混じる、相馬野馬追を象徴する場面である。日没後の 「火の祭」 では、松明の明かりに揺れる本陣山が、千年の時間を抱えたまま夜の帳に沈んでいく。
5月25日の野馬懸 ─ 祭事の核心、相馬小高神社の御神馬奉納
観覧の華やかさで言えば二日目の雲雀ヶ原に集中するが、相馬野馬追の 「神事としての核心」 は、最終日の野馬懸にこそ宿っている。
舞台は相馬小高神社(南相馬市小高区)。早朝、白装束に身を包んだ「御小人(おこびと)」と呼ばれる素手の捕り手たちが、境内へと追い込まれた野馬を鎮め、社殿に奉納する。火薬や鞭は使わない。素手と人垣だけで、走り惑う野馬を神社に引き入れる ── この所作のなかにこそ、平安期の野馬奉納の原形が残っている。
野馬懸の始まりは午前9時、追い込みのピークは午前10時20分頃、行事の終了は11時30分頃。観覧には時間制限と入場規制があるため、事前に 相馬野馬追執行委員会公式サイト で当日の動線と注意事項を確認しておきたい。福カレンダー編集部が現地の氏子の方に伺ったところ、「神旗争奪戦は『見せる祭』、野馬懸は『神に奉る祭』。両方を見て初めて相馬野馬追を見たことになる」という言葉が返ってきた。三日間を通して訪れる時間的余裕がない場合でも、最終日の早朝に小高まで足を運ぶ価値は十分にある。
暦で読む2026年 ─ 大安の本祭日と、午年・丙午の重なり
福カレンダーの暦データで三日間を読み直すと、2026年ならではの巡り合わせが浮かび上がる。
最も注目したいのは、祭のクライマックスである 二日目(神旗争奪戦の日)が大安 に重なっていることである。本社神輿の宮入りや本祭日が大安と重なる年は、参拝者にとっても氏子にとっても、節目の年として記憶される。一方、最終日の野馬懸が 三隣亡 にあたるのは、どう読むべきか。三隣亡は本来、家を建てる・棟上げをするのを忌む暦注下段の凶日であり、神事や祭礼の吉凶を決める日ではない。福カレンダーでも、神事の日取りは六曜や暦注下段ではなく、神社固有の祭日と旧暦 を優先して読み解く立場をとっている。野馬懸の日取りは「五月最終週の月曜」という現代の調整によるものであり、暦注の凶日と重なるのは偶然である。気にせず参拝してよい。
そして、もう一つの読みどころが 「2026年は丙午(ひのえうま)の午年」 であること。十二支の午は馬を象徴し、相馬野馬追はまさにその馬を主役とする祭礼である。午年に千年の武者行列を観るというのは、暦と祭が最も自然に響き合う巡り合わせ であり、十二年に一度しか訪れない好機と言える。福カレンダーの午年(うまどし)2026年の運勢と特徴とあわせて読むと、午年に縁の深い土地を巡る一年として、相馬の旅を位置づけ直すことができる。
なぜ7月から5月へ ─ 2024年の日程変更が伝えるもの
相馬野馬追は、長らく7月23日〜25日に開催されてきた。それが 2024年から五月最終週の土・日・月へと恒久的に変更 された背景には、近年の猛暑がある。2023年の祭事では、35℃を超える炎天下で複数の馬が命を落とし、人馬の救護要請も多数発生した。執行委員会は「看過できない事態」と判断し、伝統の七月開催を約二か月前倒しする決断を下したという()。
2026年の暦カレンダー

旅河 楓旅と祈りの編集者
全国の神社仏閣・パワースポットを自分の足で歩き、土地の歴史と信仰を紐解く旅する編集者。地元の方への取材を大切にし、ガイドブックには載らない「祈りの風景」を伝える記事が読者に支持されている。
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