松尾大社(京都・西京)2026 ─ 還幸祭5月17日×新月×一粒万倍日、酒造の神と亀の井「醸造の水」で読む松尾の千百年

目次
渡月橋から桂川に沿って南へ歩くこと、およそ二十五分。阪急嵐山線の「松尾大社駅」で電車を降りれば、もうそこに朱塗りの大鳥居が建っている。京都最古級の神社、松尾大社(まつのおたいしゃ) の境内である。大宝元年(701年)の創建から千三百年あまり、酒造家がいまも仕込みの水を汲みに通うこの社は、2026年5月17日(日)に 松尾祭・還幸祭(おかえり) を迎える。
福カレンダーの暦をひらくと、その5月17日は 仏滅×一粒万倍日×新月 という珍しい三重の重なりだ。仏滅は一見、祭礼に向かないように見える。けれど、新月と一粒万倍日が重なる日は、暦の言葉でいえば「始まりを倍にする」日。醸造の祖神を祀る松尾大社の神輿が氏子地区から戻る還幸祭の朝に、この三つが重なるのは、千百年の祭礼史のなかでも見逃せない一日である。
大山咋神と松尾大社 ─ 701年に始まった「醸造祖神」の系譜
松尾大社の創建は 大宝元年(701年)。秦氏(はたうじ)の長、秦忌寸都理(はたのいみきとり) が文武天皇の勅をうけ、松尾山の磐座(いわくら)から神霊を麓に遷し、社殿を建てたのが始まりだ。秦氏は古代の渡来系氏族で、養蚕・機織・酒造・土木に長けたといわれる。松尾の地に社を構えたのは、桂川の治水と山の水利の両方を司る土地神への祈りだった。
御祭神は二柱。大山咋神(おおやまぐいのかみ) と 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。大山咋神は『古事記』に「近淡海国の日枝の山に坐し、亦葛野の松尾に坐す」と記された山の神である。日枝(ひえ)は比叡山、葛野(かどの)の松尾はここ松尾山。比叡山と松尾山、京の鬼門と裏鬼門に同じ神が坐す古層の信仰がここにある。
そしてこの大山咋神こそ、平安時代以降、「醸造祖神(じょうぞうそしん)」 として全国の酒造家・味噌醤油業者に篤く信仰されてきた神様だ。室町期以降、新酒の蔵には松尾の御札(おふだ)が貼られ、仕込みの始まる秋には蔵元が代参を立て、亀の井の水を頂いて帰った。「松尾さんの水を一滴混ぜれば酒が腐らない」 ─ これは京都の酒蔵で語り継がれてきた言葉である。
市杵島姫命は宗像三女神の一柱、水の女神。大山咋神(山)と市杵島姫命(水)。山と水が出会う場所 に醸造の神は宿る、という古代の感覚が、この相殿にこめられている。
松尾祭2026 ─ 4月26日「おいで」と5月17日「おかえり」、平安からの千百年
松尾祭は、平安時代から続く京都最古級の祭礼である。かつては 「松尾の国祭」 と称せられ、賀茂祭(葵祭)と並ぶ格式をもった。
祭礼は二度に分かれて行われる。
- 神幸祭(おいで) ─ 4月20日以降の第一日曜
- 還幸祭(おかえり) ─ 神幸祭から数えて21日目の日曜
2026年は 神幸祭4月26日(日)、還幸祭5月17日(日)。神幸祭では本殿から 6基の神輿 と 月読社の唐櫃 が出御し、桂川を渡って氏子地区の三つの御旅所(東四社西七条・宗像社・衣手社)と朱雀御旅所へ駐輦する。三週間そこに留まり、5月17日の還幸祭で本社へ戻る、というのが松尾祭の骨格である。
還幸祭の当日、神輿は午前7時45分の 東四社西七条御旅所発御祭 から動き出す。三御旅所に駐輦していた神輿と月読社の唐櫃は、西寺跡の「旭の杜」 に集合し、ここで古例にならい 西の庄の粽(ちまき)と赤飯座(あかいざ) という特殊神饌が供えられる。祭典のあと、列を整えて朱雀御旅所へ立ち寄り、七条通りを西へ進み、西京極・川勝寺・郡・梅津の旧街道を経て、松尾大橋を渡り、夕刻ようやく本社へ還御する。
千百年の歴史が、こうして毎年五月の桂川の畔を歩いている。
亀の井「よみがえりの水」と酒造家の参詣
楼門をくぐり、本殿前の拝殿を過ぎて西に少し歩くと、亀の井(かめのい) がある。
「よみがえりの水」「延命長寿の水」と呼ばれるこの井戸は、松尾大社の信仰の核である。酒造家がこの水を仕込みの水に混ぜると酒が腐らない という伝承が、平安期以降、全国の蔵元のあいだで語り継がれてきた。いまも醸造期になると、京都・伏見はもとより、灘・三重・新潟など各地の杜氏(とうじ)が代参を立て、ペットボトルや酒樽に水を汲んで帰っていく。
亀の井のかたわらには、亀の石像 が配されている。松尾大社の 神使(しんし)は亀 だ。神使は神様の使者で、各神社ごとに異なる。日吉大社が猿、稲荷神社が狐であるように、松尾大社は亀。境内のあちこちに、欄干の柱や手水舎の口、神饌台の下に、亀がひそんでいる。
なぜ亀なのか。一説には、創建のときに大山咋神を山頂から麓に遷した秦氏が、桂川を渡るのに亀の助けを得た、という伝承がある。もう一つ、亀は 長寿と水神の使者 を兼ねる動物だ。山の神(大山咋神)と水の女神(市杵島姫命)を祀る松尾の社にとって、山と水のあいだを行き来する亀は、神域を結ぶ象徴そのものといえる。
亀の井の水を一杯掬って、口に含む。冷たい。京都の市街地で味わう水とは、明らかに違う鉱質の重みがある。これが、千年のあいだ酒蔵を生かしてきた水の正体か ─ そう思って境内を見渡すと、参拝のリズムがゆっくりとしたものに変わる。
丙午年2026に訪れる松尾大社 ─ 60年の節目と山の神への祈り
2026年は 丙午(ひのえうま)の年。十干十二支が甲・乙・丙……と巡るなかで、丙と午が重なるのは60年に一度。前回の丙午は1966年だった。
午年は馬の年として、近年「馬ゆかり神社」をめぐる旅が静かなブームになっている。福カレンダーでも多度大社(三重・桑名)や寒川神社(神奈川)、犬山成田山(愛知)など、午年に縁の深い社を取材してきた。
松尾大社は「馬」よりも「亀」の社である。けれど、丙午年に訪れるべき社のひとつには、必ず数えられる。理由は二つある。
ひとつは、神幸祭で6基の神輿が氏子地区を「渡御」するリズム が、馬の駆け足のリズムに重なるからだ。三週間にわたって御旅所間を往き来する松尾祭の動きは、年に一度、街全体を駆け抜ける馬の祭でもある。
もうひとつは、丙午が「火の馬」と書かれることだ。火は山に立ち、山には木が育ち、木は水を蓄える。大山咋神が坐す松尾山と、市杵島姫命が見守る桂川の水。火・山・木・水の循環が、この社のなかに完結している。火の馬の年に、山と水の交点に立つ。それは午年参拝の、もうひとつの読み方である。
暦が照らす松尾大社の参拝適日 ─ 5月の還幸祭から6月の夏至まで
福カレンダーの2026年5月の暦カレンダーと2026年6月の暦を併せて、松尾大社の参拝に向く日を抜き出してみる。
| 日付 | 暦の重なり | 推奨の角度 |
|---|---|---|
| 2026/5/17(日) | 仏滅×一粒万倍日× |
2026年の暦カレンダー

旅河 楓旅と祈りの編集者
全国の神社仏閣・パワースポットを自分の足で歩き、土地の歴史と信仰を紐解く旅する編集者。地元の方への取材を大切にし、ガイドブックには載らない「祈りの風景」を伝える記事が読者に支持されている。
この編集者の記事を見る →この記事について
本記事は一般的な暦の知識や伝統的な解釈に基づいています。 占いの結果を保証するものではありません。最終的な判断はご自身でお願いします。
免責事項を読む →福カレンダーでは、暦に関するコンテンツを正確かつ分かりやすくお届けするよう努めています。
編集方針について →参考情報:暦注・民俗資料、公的機関の暦情報を参考に編集部が整理しています。
「地域」の他の記事
あわせて読みたい
他のカテゴリの知識も学んでみませんか?











