七十二候 蟷螂生 2026 ─ 6月6〜10日、芒種初候 大明日3連続と寅の日が並ぶ「鎌の目覚め」5日間

目次
麦の収穫を讃えた小満末候・麦秋至(5/31-6/4)が幕を閉じ、暦は二十四節気「芒種(ぼうしゅ)」へと足を踏み入れます。**2026年6月6日(土)から6月10日(水)までの5日間が、七十二候の第二十五候「蟷螂生(かまきりしょうず)」**です。漢字は「蟷螂(とうろう)」── つまりカマキリ ── が「生(しょう)ず」、卵から幼虫として一斉に生まれ出ずる頃、という意味の候名です。
私(野分蓮)は福カレンダー編集部で二十四節気・七十二候を担当しています。蟷螂生を読むうえで興味深いのは、江戸時代の暦学者・渋川春海(しぶかわはるみ)が貞享改暦(1684年公布)の際、72候のうち24候を日本独自に書き換えた一方で、蟷螂生はほぼそのままの形で中国の元嘉暦から略本暦に受け継いだという事実です。前回の麦秋至(中国「小暑至」を渋川春海が書き換え)とは対照的に、蟷螂生は中国大陸と日本列島で同じ初夏の生き物の目覚めを共有できる候として残されたのです。
そして2026年の蟷螂生5日間には、6月8日(月)から10日(水)まで大明日が3日連続、その中央の6月9日(火)には寅の日が大明日と重なり、月相は十六夜から下弦、晦へと欠けの流れに入ります。今回は蟷螂生の由来、暦配置、カマキリの生命科学、「蟷螂の斧」の故事、そして5日間の歩き方をたどっていきます。
蟷螂生とは ─ 渋川春海がほぼそのまま受け継いだ芒種初候、虎頭の鎌が地に降りる日
「蟷螂生」は かまきりしょうず と読みます(とうろうしょうずと音読される場合もあります)。「蟷螂」は中国古典でカマキリを指す字で、「カマキリが生ず」── つまり 昨秋、母カマキリが残した卵嚢(らんしょう)から、1齢幼虫が一斉に這い出してくる頃 という意味です。
中国の元嘉暦(5世紀南朝劉宋)における同時期の候名も「螳螂生(とうろうしょう)」── 字形は若干異なるものの、意味は同じ「カマキリが生まれる」── でした。渋川春海は貞享改暦で72候のうち24候を改訂しましたが、蟷螂生はほぼそのまま略本暦に組み入れたと考えられています。前回の麦秋至(中国「小暑至」→ 日本「麦の秋」)のような大胆な書き換えとは対照的です。
蟷螂生(とうらうしやうず) 螳螂は秋深く卵を残し、初夏に至りて生まる ── 略本暦(明治7年・1874年)芒種初候の解説より(参考:国立天文台暦計算室 暦Wiki 七十二候)
なぜ渋川春海はこの候を書き換えなかったのか。カマキリの羽化の時期は中国華北と日本列島でほぼ一致するためと考えられています。麦の収穫期や紅花の盛りは緯度や品種により国ごとに大きくずれますが、昆虫の生活史は気温の積算(積算温度)に強く支配されるため、両地域でほぼ同じ初夏に1齢幼虫が出現するのです。中国の暦感覚と日本の暦感覚が、生物学的な必然によって偶然に一致した稀有な候だといえます。
略本暦における芒種の三候を、原文の中国「螳螂生・腐草為螢・反舌無聲」と比較すると、渋川春海の編集姿勢が見えてきます。
| 候 | 名前 | 期間 | 中国 → 日本の書き換え | 主題 |
|---|---|---|---|---|
| 第二十五候 | 蟷螂生 |
カマキリという生き物 ─ 卵嚢から100〜200匹が一斉に羽化する初夏の生命科学
蟷螂生が告げる「カマキリの羽化」は、文学的な比喩ではなく 今日も日本各地の田畑・草原・里山で実際に進行している生命現象 です。
日本に分布するカマキリ目(Mantodea)は約10種で、よく見かけるのは オオカマキリ・ハラビロカマキリ・チョウセンカマキリ・コカマキリ などです(参考:カマキリ(Wikipedia 日本語版))。オオカマキリの場合、母カマキリは秋(9〜11月)に泡状の卵嚢(オーセカとも呼ばれる)を草の茎・木の枝・建物の壁などに産みつけ、そのまま冬を越します。
卵嚢ひとつには 数十から200個前後の卵(種により幅がある)が含まれ、初夏(5月下旬〜6月)に気温の積算が一定値に達すると、1齢幼虫が一斉に脱出します。この同期羽化は数時間以内に完了し、出てきた幼虫は細い糸(バルーニング)で風に乗って分散します。
カマキリの生活史を、初夏のこの時期を起点に整理すると次のようになります。
- 初夏(6月):1齢幼虫の同期羽化 ── 蟷螂生がまさにこの時期。1齢幼虫の体長は5〜10mm程度で、すでに鎌のような前肢を持っています。
- 盛夏(7-8月):脱皮を繰り返し成長 ── 7-8回の脱皮を経て成虫となる。
- 晩夏〜秋(8-10月):成虫期・繁殖 ── 成熟したオスがメスに交尾を求める。交尾後にメスがオスを食べる「性的共食い」も観察されます。
- 晩秋(10-11月):産卵・卵嚢形成 ── メスが泡状の卵嚢を産みつけ、自身は冬を待たずに死ぬ。卵嚢は耐寒性に優れ、雪の中でも内部の卵を守ります。
- 冬(12-3月):卵嚢で越冬 ── 卵は休眠状態で気温の積算を待ちます。
- 春(4-5月):休眠打破 ── 気温の上昇で休眠が解除され、胚発生が再開。
- 初夏(6月):再び1齢幼虫の同期羽化へ ── ここで一巡。
つまり蟷螂生という候は、カマキリの一年サイクルの「リセット」と「再起動」の瞬間 を切り取った命名なのです。鎌を持つ捕食者の先祖代々の暦が、今年も初夏の田畑で繰り返されている── カマキリの暦は遥かに長い時間スケールで日本列島に刻まれてきました。
蟷螂の斧 ─ 「カマキリが車輪に立ち向かう」中国古典の故事と、日本俳句の蟷螂
カマキリは古代中国でも興味深い昆虫として観察され、二つの故事成語が今日まで残されています。
「蟷螂の斧(とうろうのおの)」 ── 弱い者が自分の力をかえりみず強者に立ち向かうことの愚かさ、あるいは健気さを表す言葉です。原典は 『荘子』人間世篇 とされ、「螳螂が前肢(鎌)を振り上げて車輪に立ち向かおうとした」 という寓話に由来します(参考:蟷螂の斧(Wikipedia 日本語版))。同じ故事は 『淮南子』人間訓にも記されており、古代中国でカマキリが「無謀さ」と「勇敢さ」の二重の象徴として読まれていたことが分かります。
汝知夫螳螂乎、怒其臂以当車轍、不知其不勝任也。 (あなたはあのカマキリを知らないか。鎌を振り上げて車輪に立ち向かい、自分の力では到底かなわないことを知らない。) ── 『荘子』人間世篇より
日本でもこの故事は『枕草子』『徒然草』など中世の随筆を経て広く知られるようになり、近世以降は 歌舞伎・浄瑠璃の登場人物の比喩 にも使われるようになりました。
俳句の世界では、「蟷螂生まる(とうろううまる)」「蟷螂の子」が初夏の季語として定着しています。芭蕉や蕪村の時代から、田畑の畔で見かけた小さなカマキリの1齢幼虫を詠んだ句は数多く残されており、として収録されています。秋の季語は「蟷螂」「蟷螂枯る」となります。
2026年の暦カレンダー

野分 蓮干支と暦の研究家
- 十干十二支
- 二十四節気
- 自然暦
十干十二支・二十四節気・自然と暦の関わりを、歴史と科学の両面から掘り下げる研究家肌の編集者。古文書の記述と現代の気象データを突き合わせるような、知的好奇心を刺激する考察記事を得意とする。
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