竹駒神社(宮城・岩沼)2026 ─ 日本三稲荷と午年神馬「願いの使者」、東北の開運参拝ガイド

目次
陸奥国岩沼の鳥居をくぐると、稲荷神社特有の朱が静かに連なっていた。春分を過ぎた東北の空気は、まだ風に冬の芯を残している。けれど二の鳥居の奥から、ふいに馬のいななきに似た風が通り抜けた気がした。ここは竹駒神社。社伝によれば承和9年、西暦842年に小野篁が陸奥国司として赴任した折、山城国伏見稲荷の神霊を勧請して創祀されたと伝わる、東北屈指の稲荷社である。
福カレンダー編集部の旅河楓です。2026年は60年に一度の丙午(ひのえうま)の年。午年×馬ゆかりの神社を巡る連載の中で、東北の稲荷信仰と神馬の記憶を濃く残す一社として、岩沼のこの杜をずっと訪ねたかった。関東以西の馬ゆかり神社は京都 馬ゆかり三社の参拝ガイドや多度大社の白馬伝説で既に書いたが、東北の「午年の顔」としての竹駒神社は、暦の案内人としてもどうしても残しておきたかった一枚なのだ。
岩沼駅から歩く十五分 ─ 稲荷の朱と午年の記憶
JR岩沼駅の東口を出て、商店街のアーケードを抜けると、広い幹線道路の先に大きな鳥居が見える。駅からの距離は歩いて十五分ほど。仙台空港からは車で二十分弱という立地で、東京からの日帰り参拝も現実的な距離感だ。
竹駒神社の年間参拝者数は約150万人。初詣時には岩沼の人口(およそ4万4千人)を遥かに超える参拝者で、境内から国道に至る道が朱の波で埋まる。宮城県内では塩釜神社に次ぐ初詣人出の多さで、元旦のニュース映像で見覚えがある人も多いはずだ。
朱の大鳥居を抜けると、正面に唐門(楼門)、その奥に拝殿。拝殿の彫刻の精緻さは、江戸期の宮大工仕事の粋を感じさせる。現在の拝殿・本殿は平成6年(1994年)の放火で焼失した後に再建されたもので、造営は平成16年(2004年)竣工。焼失前の建築を知る地元の方々からは「木の香りが新しい」と時に寂しげに語られもするが、その再建を支えたのは氏子と全国の講社、そして「日本三稲荷」の名を慕ってきた参拝者の奉賛だった。
境内には馬事博物館が併設されている。御神馬とゆかりの深いこの社の、馬具・馬装・絵馬にまつわる資料1,116点を収めた昭和14年(1939年)開館の施設で、木材商の木村勝井氏が生涯をかけて収集したコレクションが中核になっている。社伝と民俗資料を繋ぐ場として、稲荷神社としては異例の規模だ。
承和9年、陸奥国司の勧請 ─ 842年から続く竹駒稲荷大神
竹駒神社の創祀は社伝で承和9年(842年)と伝わる。時の陸奥国司は、平安初期を代表する文人官僚・小野篁(おののたかむら)。彼が都より東北の地に赴任した際、任地の開拓と五穀豊穣を祈願し、山城国稲荷社(のちの伏見稲荷大社)から神霊を勧請した、というのがこの社の始まりとされる。
主祭神は倉稲魂神(うかのみたまのかみ)。稲荷信仰の中心神で、穀物と食物を司る。相殿に保食神(うけもちのかみ)と稚産霊神(わくむすびのかみ)を祀り、この三柱を総称して「竹駒稲荷大神」と呼び習わしてきた。保食神は食を、稚産霊神は生成と結びの力を象徴する神で、三柱が揃うことで「食・育・結び」という暮らしの根幹が一社に備わる。
戦国時代、一時的に社勢の衰えた時期もあったが、伊達家の祖に近い伊達稙宗(たねむね)が社地を寄進し、以後伊達氏の崇敬を受けて復興した。仙台藩時代には藩主が代々参詣し、東北における稲荷信仰の中心地として定着していく。現代に至るまで、商売繁盛・家内安全・五穀豊穣を願う参拝者が絶えない所以は、この千年を超える縁の連なりにある。
なお「日本三稲荷」については、総本社である伏見稲荷大社自身が特定していない歴史がある。京都伏見稲荷・愛知豊川稲荷・茨城笠間稲荷を三社とする説、佐賀祐徳稲荷・竹駒稲荷を含む説など、複数の伝承が共存してきた。福カレンダーでは日本三大稲荷 2026 ─ 午年の参拝ガイドで伏見・豊川・笠間を軸にまとめているが、東北に位置する竹駒神社もまた、古くからその一に数えられてきた社である点は記録に留めておきたい。
御神馬と絵馬 ─ 神に願いを届ける「使者」の系譜
竹駒という社名の由来には諸説あるが、その一つに「竹に駒(馬)」を結んだ古代の馬信仰が反映されているとされる。ここは稲荷社でありながら、古くから馬の神事と深く結びついてきた。
馬事博物館の存在はその象徴だ。大正期には陸軍の軍馬購買地の一つとされ、竹駒神社の周辺からは東北各地で育てられた馬が10万頭以上送り出されたと記録される。馬の背に乗って戦場へ赴いた若者たちが、発つ前に手を合わせたのがこの社の神前だった ─ 馬事博物館の古写真群を眺めていると、東北の近代史と馬の記憶が折り重なって立ち上がってくる。
御神馬(しんめ)とは、神に奉納された馬を指す。古代の日本では、祈願の度に実際の神馬を奉納する風習があり、とりわけ白馬は「災いを祓い清める使者」として重んじられた。奈良・春日大社の白馬神事(1月7日に白馬を牽いて参道を進む儀式)などにその名残が残る。
やがて時代が下り、生きた馬を奉納することが経済的にも現実的にも困難になるにつれ、馬の絵を描いた木札を奉じるようになった ─ これが絵馬の起源である。つまり、絵馬とはもともと「神に願いを届ける馬」を、形を変えて差し出す行為だった。
竹駒神社の授与品には、馬の意匠をあしらった御朱印や絵馬が並ぶ。これらは単なる授与品ではなく、「あなたの願いを使者として届ける神馬」の現代の姿だ。午年である丙午の2026年、この社の絵馬が持つ意味は一段深い。馬を奉じる社に、午年の絵馬を奉じる ─ 信仰の記憶が今日の行為に重なる瞬間である。
2026年 初午大祭 ─ 旧暦二月初午・七日間の祈りの道
稲荷社における最大の祭礼が初午大祭(はつうまたいさい)である。旧暦二月の最初の午の日を中心に七日間にわたって斎行される、竹駒神社の年間最大行事だ。
福カレンダーの暦データで照合した2026年の日取りは以下の通り:
| 日付 | 曜日 | 六曜 | 日干支 | 月相 | 吉日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2026-03-21 | 土 | 仏滅 | 甲午 | 繊月 | 大明日 | 旧暦二月初午・初日 |
| 2026-03-22 | 日 | 大安 | 乙未 | 繊月 | ─ | 神輿渡御・竹駒奴「毛槍の役げ渡し」 |
| 2026-03-23 | 月 | 赤口 | 丙申 | 繊月 | ─ | ─ |
| 2026-03-24 | 火 | 先勝 | 丁酉 | 繊月 | 一粒万倍日・大明日 | 期間中最強の吉日 |
| 2026-03-25 | 水 | 友引 |
2026年の暦カレンダー

旅河 楓旅と祈りの編集者
全国の神社仏閣・パワースポットを自分の足で歩き、土地の歴史と信仰を紐解く旅する編集者。地元の方への取材を大切にし、ガイドブックには載らない「祈りの風景」を伝える記事が読者に支持されている。
この編集者の記事を見る →この記事について
本記事は一般的な暦の知識や伝統的な解釈に基づいています。 占いの結果を保証するものではありません。最終的な判断はご自身でお願いします。
免責事項を読む →福カレンダーでは、暦に関するコンテンツを正確かつ分かりやすくお届けするよう努めています。
編集方針について →参考情報:暦注・民俗資料、公的機関の暦情報を参考に編集部が整理しています。
「地域」の他の記事
あわせて読みたい
他のカテゴリの知識も学んでみませんか?








